17

【社長対談vol.07/JIMOTO】東日本大震災を乗り越えて<2>

 

今野/震災からの復旧・復興の視点で見ると、仕事面ではチャンスという捉え方もあると思うのですが、先頭を切って被害の大きな地域に行かなければいけないお立場の中で、人として感じたことはありますか?

 

深松社長/あの時は、みんながパニックになっていましたが、焦って良い考えが出るわけがない。誰もが初体験なので、次同じことが来たら何をするかを全部決めて、仙台市と建設業協会でいくつも協定を結びました。

震災の時、建物が潰れて亡くなった人は仙台市ではゼロ。津波さえなければ、誰も亡くならなかったんです。私はそれが非常に悲しくて。だけど今は、防潮堤、復興道路の高さが7mなので、東日本大震災と同じ規模の津波だと道路を超えますが、防潮堤を超えて溜まってから道路を超えるので1時間半は稼げます。今は避難タワーも、避難道路もすべてあるので、間違いなくみんな避難できるはずです。

最近は大雨も多いですが、街中のオフィス街が水で溢れることはありません。30~50㎝くらいは水が上がってくると思いますが、それだけ。そう考えると、こんなに災害に強い街はないんですよ。「世界に冠たるスーパー耐震シティ」だと私は言っています。

でも、地震が来れば当然被害はありますし、次にいつ来るかも分かりません。日本は今、あらゆる産業が人手不足です。我々の業界としては、日本の面積は変わらないので、少ない人間でこの面積をカバーしなければならない。
となると、東日本大震災と同じスピードでは絶対直せません。そのために、同時期に震災の被害を受けない浜松の建設業協会とも協定を結びました。そうすることで、燃料も物資も調達でき、いざというときにすぐ動けます。ここまで対策をしている地域は画期的です。

この10年間で、自分の子孫たちに「同じ災害が来たとしても絶対大丈夫」と自信を持って言える体制を作ることができました。新しい時代になればまた、それに対して方程式を変えて残していけばいいと思います。

 

(左)株式会社深松組/実績:名取川閖上下流工区 堤防災害復旧工事

(右)深松組/実績:石田沢地区防災まちづくり拠点施設他建設工事

 

私は、南は石垣島から北は釧路まで、これまで全国で205回講演をしています。気付きって、経験した人にしか分からないんですよ。想像しろと言っても、なかなかあの震災は想像できません。それに、日本中・世界中から支援を受けたおかげで今の仙台があります。だから震災以降、「感謝報恩」の4文字が私の座右の銘です。皆さんのご支援に感謝して、恩に報いるために、オファーがあったら必ず行く。それを肝に銘じています。

 

今野/205回も!すごいですね。「世界に冠たるスーパー耐震シティ」、ぜひ仙台市としても前面に押し出してほしいですね。そして、深松さんの講演を聴いた各地の皆さんは、自分事として今後の防災に向き合ってもらえればと感じました。

 

深松社長/今の日本の最大のリスクは、関東大震災と南海トラフです。被害額は100兆と200兆とも言われていますが、今の日本の力だけでは対処できません。だから私はミャンマーに行って「日本の技術を教えるから、いざというときには日本を助けてほしい」と言っています。台湾に義援金を持って行った時も「日本人は3.11の恩義を忘れていない」と新聞に載ったんです。恩の送り返し合戦ですよね。

 

1 2 3 4 5 6

 

関連サイト

深松組ホームページ

Credit

Creative Director & Designer/ 田向 健一
Interviewer & Writer / 上和野 佐恵

Category(カテゴリー)

Recent Topics(最新の特集)

Recommend(おすすめ情報)