17

【社長対談vol.07/JIMOTO】東日本大震災を乗り越えて<4>

 

深松社長/「新しい柱」ということで沖縄とミャンマーにも進出していますが、「郷に入っては郷に従え」で、地元の方々に認めてもらえないと商売はできません。
沖縄は観光で行く分には良いんですが、仕事をしようと思うと、非常に閉鎖的な場所です。仲良くなるために、向こうの慣習にどっぷりつかりました。宮古島にユタという祈祷師がいるんですが、建設前にご祈祷してもらったんです。それを地元の方や市長に話したら、「俺たちは大事な時には必ずユタに相談するんだ」と。島の文化に染まったことが、信頼につながりました。沖縄の事業は全部島の業者に発注しているんですが「あなたは島の人たちに仕事をくれるから応援する」と言ってもらったこともありました。
コロナ禍の今、島外からの来訪は敬遠されますが、私はOKと言われています(笑)。仲間にしていただいているんです。

 

今野/宮古島での建設のお仕事は、てっきり御社の売り上げになっていると思っていました。今お話を聞いてすごくびっくりしました。印刷なら、沖縄の仕事でも「ユーメディアの印刷機を回す」という考えをシナジーのように捉えてしまっていたんですが、そうではないんですね。

 

深松社長/とにかく「地元の方々に仕事を」という想いです。ミャンマーも、現地の建設業の方に「日本の技術を教えるから、ミャンマーで一番になってほしい」と伝えたら、最初こう返されたんです。「日本の技術が良いのは分かるが、ミャンマーのお客様はそこまで求めていない」と。でも、それでは差別化にならないと私はずっと言っていたんです。

当社が手がけるマンションは日本式なので、職員を集めて勉強会を開いた上で建設しました。そして、現地のデベロッパーは別の物件でもその技術を使って建てたんです。そうしたら評判は上がるわ、家賃は高く取れるわ、住民にとっても良い環境で、「良いものは良い」と分かったんです。

すると今度は、社員が勝手に「もっと日本の製品を使いたいから紹介してほしい」「もっと指導してほしい」と、善の循環が始まって、現地の社長が何も言わなくても社員が勝手に品質向上のために動き出したんです。現地の社長からも「深松さんの言っていることが分かりました。見違えるように会社が良くなりました。」と御礼を言われました。国も文化も違うと、人の気持ちを変えるのは非常に大変ですが、伝わって良かったです。

ひとりだけ、日本だけでは、もうやっていけません。日本品質や日本のサービスへのニーズはアジアにたくさんあります。それを伝えながら、何かあったときに助けてもらえる関係づくりのために動いています。その想いがあるから、私は全然苦じゃないんですよ。

 

株式会社深松組/ミャンマーサービスアパートメント事業

 

今野/感謝報恩や、子孫代々のために、日本・国全体のためにという想いが根底にあると感じました。そこに少し「沖縄が好きだから」というような感情も絡ませて、ストレスを上手に緩和させながらビジネス展開するという考え方なんですね。

先程お話したとおり、震災後はうちの会社が本当に必要なのかを根本から突き詰めて考えました。お客様の仕事も止まっていたので、社内で打合せする時間も多く確保でき、みんなで考えた結果、事業を通じて地域を活性化することが我々の使命だと答えを出しました。それが今のビジョンにも繋がっています。

ただ座っていても世の中は良くならない、誰かが動ける範囲で少し背伸びしながらも動くしかありません。それを誰かに任せるのではなく、自分たちがやろうという想いが私の原動力ですね。実際動いてみると、新しいムーブメントが生まれる手応えを感じます。それが実感として得られると、次も頑張ろうという気持ちになり、地域活性化にも繋がると思っています。

 

1 2 3 4 5 6

 

関連サイト

深松組ホームページ

Credit

Creative Director & Designer/ 田向 健一
Interviewer & Writer / 上和野 佐恵

Category(カテゴリー)

Recent Topics(最新の特集)

Recommend(おすすめ情報)